求命
太陽は少し西に傾き始めた。かと言って夕方にはまだ早い。大伍はこの時間が好きだった。この時間は、生活の穴と言うか、とにかく知り合いに会う事がない。友達の中には会社員になった者もいれば、学生になった者もいる。まだ、浪人生として予備校に通っている者もいる。その誰にも会わない時間。それが今だった。
それほど大きくない公園に向かう。ここのベンチで夕方まで、何をする訳でもなく、ただ雲を眺めている。風に吹かれ、形を変えていく雲。それを見ている時間だけが、大伍にとって幸せな時間だ。
ただ、これにはもう一つ理由があった。
大伍の家庭は、けっして裕福な方ではない。そんな家庭で、もう成人した大伍に金を渡すなんて言うのはあり得ない。むしろ、家庭に金を入れて欲しいと言うのが、両親の思いだった。しかし見ての通り、大伍は何もしていない。金などここ数年触ってもいない。今日も財布も持たずに、ここに来ていた。
「・・・暇だ。」
独り言だ。
今日は風が弱いせいなのか、雲もなかなか形を変えない。形を変えるのを楽しみにしているのに、その楽しみすら奪われていた。
急に風が吹いた。一瞬だ。かなり強い風。雲が形を変える。それが人の顔に見えたのは、気のせいだったのだろうか。
< 15 / 69 >

この作品をシェア

pagetop