悪魔は甘く微笑んで【恋人は魔王様 番外編◇ドリーム小説】
「……あ、あなた誰よ?」

すれ違う瞬間、声を絞り出す。
一瞬、表情を引きつらせた彼は優雅に振り返る。

黒曜石を思わせる瞳からは、いかなる感情も読み取れない。

「君が××のお気に入り?」

低い声は、疑問を口にするというより詰問に近い。

「……え?」

誰のお気に入りって言ったのか分からなくて、首を傾げる。

「あいつはいつだって、詰めが甘いから」

そういうと、私への興味なんて失せたように踵を返して当然のように二階へとあがっていく。
見慣れた家なのに、その男が居るだけでここが舞台のセットの一部に見えてくるから不思議だ。

ありえない気持ちに支配されながら、食パンが置かれた私の席につけば、潤はまるでなんでもないように、母と談笑していた。

私、一人が唐突に異世界にでも連れて来られたような錯覚を覚える。

胸にこみ上げる寂寥感とも名づけられそうな不安な思いをあわてて飲み込んだ。


だって、ここは私の家よ?
どうして、私が疎外感を覚えなきゃいけないのよっ。

食事を早々に終えた私は、ピアノに向かう。
それでも、つい。
子犬のワルツなんてチョイスしてしまうあたり。

私の頭の中は、まだまだ潤でいっぱいになったままのようだった。
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