騒音に耳を塞いで [ss]
 男の顔に貼りついた笑顔に別の皺が入った。

「あーもう、何も聞こえないわ。帰りなさい。今日は一人で居たいの」

 男は立ち上がって言葉に従った。凪の両親はこう云ったのだ。

「死ななかったか」

 特別な感情なんて所詮掻き消される物で、男自身知人が仕える主人への恋心に気付いて掻き消そうと自殺したのを知っている。しかし、彼女の生き様を見ると私的感情が仕事に支障をきたすのだ。今まで散々彼女の両親の"娘を殺すゲーム"を交わしてきたのに、今日だけは彼女を守れなかった。執事としてのプライドなんて捨てて、何故彼女を連れて逃げなかったのだろうか。男は貼りついた笑顔をそのまま凍らせて、涕を作った。瞳孔の動きで相手に自分の動きを教えるようなものだ。男が涕を流したところで彼女は救われない。

 凪は声を張り上げて、扉に手を掛けた男を呼び止めた。

「九」
「明日までに私の存在なんてなくなるの。私は最初から知ってたの。私の存在する意味を。あの人の心臓を大切にしてね」

「凪お嬢様?」

「早く出て行って、眠たいの」

 笑顔を貼り付けた男は部屋を出た。
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