君と、○○のない物語
「…っ、春海、なんで!?なんで此処にいんの…!?」
「おかしい?此処の出身だっていったじゃんか。」
「そうじゃなくて…!だって春海は、」
此処にいる筈も、
此処に来る筈も、
此処に来られる筈も、ない。
「朔、おいでよ。散歩でもしよう?」
こんな事態だというのに、春海は手招きしてくる。
実際春海はいつもこんな浮世離れした感じだったが、現実感はある人だった筈だ。
「朔?」
春海は左手を朔に向けて、朔太郎の手が握られるのを待っている。
これが、緑川春海?
「…んな訳ないっつの!」
さしもの春海も流石にホモ趣味はない。
むしろ男は嫌いだ。
それら色々総合して決断し、朔太郎はその手を払い除けた。
春海の手は水中の泡として弾け、そのまま全身を金魚の群れに変えてしまった。
「……!」
朔太郎は逃げるように走り出した。
幼い茅原、此処にいる筈のない春海、どちらも会える筈のない昔の存在。
尤も景色に色がない時点で此処が普通でないことは察しがつく。
が、だったら此処はなんだと言うのだろうか。
「…公鳥、」
公鳥の所へ行こう。
公鳥はこの世界の事を少しは知っているかもしれない。
それに、こういう事態で頼れるのは公鳥だけだ。