君と、○○のない物語
そんな朔太郎の問いには答えず、茅原は側を泳いでいた金魚を一匹引き寄せた。
茅原の手のひらの上で、金魚はヒラヒラと旋回している。
「金魚はね、嫌なこと食べてくれるんだよ。」
「…へ?」
「でも私の金魚じゃ全部食べきれないの。どうしても嫌なこと残っちゃう。だから、春海君、探してるの。」
「…春海を?」
「お願い、手伝って」
茅原は少し背伸びして、掌の金魚を朔太郎に差し出した。
金魚も朔太郎を待っているように見えて、ゆっくりとそれに触れてみると、また弾けて泡と化す。
今度は、目の前の景色が歪む違和感もあった。
『―……いたい…』
此処は何処だろう。
どこ、というか公鳥の家の前だという気はするのだが、視界に何かが過り過って、別の場所にいるような感覚がする。
『なんで、なんで俺、』
誰かの声が、聞き覚えのある声がする。
そして、視界にちらつくあの光景を、朔は、知っている。
公鳥と、病院だ。
見えたのはそれだけで、意識と視界はすぐに帰ってきた。
全く訳も分からないし混乱したけど。
「…夏樹には、私の事は内緒だよ。夏樹はこっちの空間知らないし、教えちゃだめ。」
茅原はそれだけ言って、金魚と同じように泡に消える。
それと同時に空間までもが、白い泡に包まれた。
「―…朔?」
たったの、瞬き一回程度の後に、祖母の声が耳に入った。
ハッとして周囲を見渡す朔太郎の回りは自宅の廊下他ならない。
景色がモノクロになる以前の、いつも通りの世界に戻っていた。