君と、○○のない物語
―…そうだ。金魚とか猫とか、視覚的な不思議を抜きにしてもおかしな事は起こっていたのだ。
朔太郎は首の傷痕を覆う様にして触れた。
頸動脈まで切れて自分でも死を悟るような傷だったにも関わらず、たったの三日で意識を取り戻してあっさり退院することができた。
あっさり退院して、春海を置いて、どうして此処へやって来たのだろう。
―君の見ている世界が挿し変わる、絶好の機会があった筈だよ―
…ああ、そうか。
全ては、病院で目覚めたときに変わってしまったのだ。
視界が歪む。意識が遠ざかる。
バスの車内の光景はあっという間に分からなくなって、朔太郎は抗いようもなく、意識を手放した。