ひと夏の少女
一章
[いいところね。幸一さん]

軽自動車の窓から見える、のどかな田舎の風景を見ながら翠が言った。
僕はちょっと誇らしげな笑みを浮かべ、

[そうか?何もないところだぜ]

と、生まれ故郷をくさした。
昔は出たくて出たくてたまらなかったところだが、離れてみるとまた別の感慨があった。
故郷は遠くにありて思うもの、とはよくいったもんだ。

東京には、この緑の眩いばかりの青さはない。
水と空気が違うと、植物はこうも輝くもんか、と思わせる光景だった。

二車線の国道を挟んで、お茶の木が植わった段々畑が山へと続く。

[ヨーロッパの庭園みたい]

翠が、切り揃えられた背の低いツバキ科の植物を指差して言った。

[ヨーロッパはいいな。お茶を作ってるんだよ]

[へえ、お茶を作ってるのって、静岡だけじゃないのね]


そして、何がおかしいのか一人でくすくすと笑う。
ぱっちりと開いた目に、一度も染めたことがないという肩で切り揃えた黒い髪。正直言って美人だった。テレビで見るような作り物の美人じゃない。婚約者の僕がいうのもなんだが、いわゆる本物の美人という奴である。

[いやぁ]


運転席でバンドルを握る母が、バックミラーに移る翠の顔を見て

[いったい、この子のどこがよかったの?]

笑いながらだが、声に本気が混じっている。自分の息子がとんでもない美人を捕まえてきたのが、未だによく信じられないらしい。まったく、贔屓目というものがなのだろうか?

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