ひと夏の少女
でも……、考えてみれば、ほんとに不思議だ。
彼女が大学を卒業して僕の会社に入ってきたのは今年の四月。
新人歓迎会のときから、彼女はみんなの注目の的だった。総務の連中から、物凄い美人が入社したよなんて聞かされていたけど、これほどとは思わなかった。
その上、どうやら彼氏がいない、という噂を聞いてみんな驚いた。
レズビアンという噂がたったぐらいだ。
だが、激しいアタックに晒されると思いきや、彼女のことを誰も夕食に誘ったりはしなかった。これほどの美人ともなると、逆に気後れがしてしまうのだろう。

僕もそんな一人だった。彼女が気にかかってしょうがなかったけど、もちろんデートに誘う勇気なんてあるはずもなく、ぼんやりと後姿を眺めるだけだった。
それがたったの四ヶ月前だなんて、信じられない。


[どうしたの?]


翠が、僕の顔を見つめる。息がとまりそうになって、僕は慌てて首を振る。そして小声で言った。


[母さんのいうことももっともかなーって]

[やだな。あなたまでそういうこと言うの?]


僕が翠と仲を深めるきっかけになったのは、一枚の写真がきっかけだった。
書類ケースの間に挟まっていた年賀状の……。
会議の際に、僕は映っている姿が印刷されていた。


[これ……、柳さんのご実家ですか?]


会議のあと、翠はなぜか興味深そうな顔で僕に年賀状を手渡した。僕が緊張しながらそうだ、と頷くと、その顔を輝かせた。


[そうだったんですか。へえ、そう…]


理由はわからないが、翠はそう言って何度も首をたてに振った。その仕草に、僕は親しみやすい何かを感じて、気づいたら食事にも誘っていたのだった。
自分でも大胆だったと思う。なにせ、会議が終わったばかりの廊下だ。横を通り過ぎていく同僚たちに聞こえなかったのが幸いだ。
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