この胸いっぱいの愛を。



何か喋ろうにも、声が出ない。

酸素を求める魚のように、口をパクパクと動かすだけ。


私は目だけ動かして、肩に顔を埋めている先輩を見つめた。

無言のまま、先輩は私を抱き締める手に力を込める。


「駿河、先輩?」

ようやく出た声は、自分の声とは思えないくらい擦れていた。






「ごめん……あと一分、いや30秒だけ……




 このままで、いさせて……」


くぐもった声と、先輩の鼓動が伝わってくる。

私はそっと、先輩の背中に手を回した。

子供をあやすように、自分よりも広いその背中をさする。




先輩は、何を思って私を抱き締めたんだろう。

そんなことが脳裏を掠めた。




だけど…………






「ありがとな……神田桃香」


今にも消えそうな声で呟かれた言葉を聞いた瞬間、理由なんてどうでも良くなった。


私達の頭上には、満天の星空が広がっている。


星達に包まれているような感覚の中……




私はそっと、目を閉じた。




.
< 163 / 196 >

この作品をシェア

pagetop