青碧の魔術師(黄昏の神々)
「姫様のため……ですか? 一体何があったのです?」


イズナエルは、首を捻る仕草でエステルに、訳が解らないと問い掛けた。


「色々あってね……」


エステルはそう言って、事の次第を説明し始めた。



「承知しました、そういう事でしたら少し調べてみましょう。姫様の御為です。私も協力させていただきます」


力強いイズナエルの言葉にエステルは破顔すると、強い味方を得たと彼女の手をとり、ブンブンと振り回しながら礼を述べた。


「王子は、準備でお忙しいでしょう。私が調べておきますわ」


エステルはイズナエルの言葉に甘え、図書館を後にした。

残されたイズナエルは、書庫の奥の奥へと足を進める。

歴史的書物は、持ち出し禁止の上、司書を同席させての閲覧しか出来ない。

ザイラスの歴史を綴った書物は数も少なく、この国自身が謎の多い国とされている。

そんな国の歴史を綴った書物が、閲覧しやすい所に有る訳が無い。

イズナエルはそれを考慮していたのか、書庫の奥で二冊の本を見付けていた。

パラパラとめくって見るが、めぼしい情報が無い。

特に、魔術師に関する記述が無いに等しい。

溜め息が、知らず知らずにこぼれ落ちた時。

司書のカウンターの向こうから、男の呼ぶ声が聞こえてきた。

返事を返し、おもむろにカウンターに歩み寄ると、この辺では珍しい黒髪の男が、にこやかな微笑を口元に張り付けて立っていた。

東の国の出身だろうか。
黒髪は東特有の色だと、イズナエルは男をじろじろと値踏みしながら考えていた。


「あの……蔵書の寄附をしたいのですが……」


イズナエルは男に言われて、慌てて顔をテーブルに向けた。

とても古い書物。

だが、丁寧に扱われていて装丁も幾度か修理されていた。

だが、それ以上にイズナエルが驚いたのは、その本がザイラスの歴史書だった事であった。


「あの……これは……」


イズナエルが、呟きながら顔を上げる。

彼女が、息を呑む声が静かな図書館にやけに大きく響いた。

そこには人っ子一人無く、男の姿は初めから無いかの様に掻き消えていた。

古びた書、ただ一つだけが、男がそこにいた事を指し示していた。

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