青碧の魔術師(黄昏の神々)
「我は命じる。我が手に在りし魔術書よ……」


シュリが、りんとした声で、紡ごうとしている言葉は、書の帰還の呪文。
ルルイエは、慌ててシュリに懇願した。


「ハスター様! 御待ち下さい! わたくしめはまだ……」


「シュリと呼べと、言った筈だが。そんな事すら出来ない物には、用は無いさっさと帰るんだな」

余りにもハッキリとして、冷たい物言い。

本来のシュリは、とにかく感情が表に出ない。

したがって、話す声音も冷たい印象を受ける。

その為の処世術を、彼は見に付けている筈だったのだが、今は何処吹く風か、かけらすら見当たらない。

あくまでも、主なのだと言う態度を崩さないシュリをよそに、彼等の横から声が掛かった。


「御待ち下さい。魔術師様。宜しければ、もう少し貴方様やルルイエの書とお話がしとう御座います」

「わたくしも……。無下に帰すのは、良くないと思います」


思わず意見が一致した女二人。

目的こそ違うが、シュリはイシスとイズナエルに詰め寄られて、極々僅かに眉をしかめた。


「女性陣の御陰だな。お前。彼女達に感謝するんだなルルイエ」


すっかり毒気を抜かれたシュリの、あきれた声音がルルイエに投げ掛けられて、彼はホッと、無い胸を撫で下ろす。

実際には、顔しか無い本の姿の彼だ、安堵の表情が、まさしくその表現に値していた。


「ありがとうございます御二方、何とか帰らずにすみましたよ。一方の方は我と話したいと?」


嬉しげに言うルルイエに、シュリから待ったの声が掛かった。


「ちょっと待て。事が脱線している。あいつの事を忘れていないか?」


シュリが、顎をしゃくって指し示した相手は、既に皆に忘れ去られていたリスノー伯その人だった。


「魔術師殿。貴方の見解は如何かな?」


声をかけて来たのは、シュリにリスノー伯をけしかけた当の本人、エステル。

シュリは、エステルを認めると恭しく頭を下げてから言った。


「人の中ではまあまあな腕前だが、それはあくまでも人としてだ。俺は、連れて行く気は無い」

「なる程。魔術師殿にその気は無いか……」


呟くエステルのまなざしが、おかしい。

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