切なさに似て…
「嘘つき…」


『いつまで友達なんだよ?』

そんなことを言ったその口で、そうやっていつも通り名前を呼ばれたら、逃げ去るはずだった足は止まるしかない。


「…柚果っ!!」

早々と立ち去りたいのに、その信浩の声が金縛りにあったかように私の足は地から上がることはなかった。


「い、妹と…、あの部屋に一緒に住むことになったのっ。…それだけ、言いに来ただけだから…」

どうみたって、それだけではないのは一目瞭然。待っている間に、もう少しマシな言い訳を見繕っておけばよかった。

でも、それだけしか言えなかったのは事実だ。

足を一歩踏み出した時、手首に強い痛みを受けたのと同時に、私はそれ以上歩けないでいた。


「柚果っ!待てって」

信浩の大声と共に捕まれた手首には熱が篭る。

動きを封じられたこと以上に、三度も大声で名前を呼ばれたことに、思わず耳を塞ぎたくなる。


その声だけは、耳に届けば届くほどに泣いてしまいそうになる。

相手の状況なんか省みずに信浩の胸の中に飛び込みたくなる。

そのまましっかり抱きしめてほしくなる。

パッと透明人間になって視界から消えてしまいたくなる。
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