切なさに似て…
「かえ…」

帰る。そう言おうとした時。信浩の台詞によって遮られてしまう。


「どうせ、ホテル取ってないんだろ? どこ行くって言うんだよ」

それでも顔は上げれなくて、見透かされていることに、やっぱりなと頷いてしまいたくなる。


どんなに巧妙な嘘だって作り笑いだって、信浩には通用しないから。

冷蔵庫の電動音が微かに聞こえるだけの、無音状態の部屋の中で、どう頑張っても誤魔化しがきく状況でも、嘘が通るような相手じゃないのはとっくにわかっていた。


信浩のテリトリーに上がり込んでしまった時から。


「だから、今日来るなら電話くれりゃよかったのに」

と、脈略なくまた不可解な言葉を吐いた。思わず垂れ下がる顔を上へと起こしたくなった。それを堪えちょうど信浩の足元の周り、フローリングの木目をなぞる様に視界を捉える。


「だから…。電話って、…意味わかんない。勝手に解約したくせに…」

聞こえるか聞こえないかのか細い声が出たのは、電話が繋がらない張本人が、電話くれりゃよかったのに、って。

本当に意味がわからない。


「そりゃ、解約は…、したけど」

信浩はしどろもどろにそう答えると、すぐに言葉を続けた。


「新しい番号とか教えたじゃん」

その言葉にうっかり顔を上げてしまう。しれっとした態度で信浩はこちらをじっとみている。
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