切なさに似て…
「おはようございます」

事務所に入って行くと、所長とお局様がお話し中。

正面口の窓の向こうには機械課の結城さんと得意先の作業員さん。

「発電機とピックね。もしかしたら発電機調子悪いかも知れないからその時は連絡くださいね…。こちらで伝票受け取ってください」

扉が開いたのと同時に聞こえてくる会話。


「おはよ、立花さん。就業前にごめん、返伝打って。A1632とD235」

と、結城さんは朝日を浴びた漆黒の髪をキラキラ光らせ、満面の笑顔見せた。


朝礼前から世話しない事務所。

ここは建設機械や資材の総合レンタル屋。現場は大概8時前に始めるところが多いから、就業前でも仕方がない。


目の前の作業服を着た男の人に、ペンを差し出す。

「サインお願いします。…こちら控えになります。ありがとうございました」

泥まみれの作業着の男性に頭を下げ、見上げた目線の先。


事務所の入口。第三者や外からは絶対に見えない位置に堂々と掲げられいる。

[社内恋愛禁止]の貼紙。



A4のコピー用紙一枚ずつに刷られたその言葉。


[挨拶][言葉遣い][身嗜み][元気良く]

よりも勝っている[社内恋愛禁止]の文字。

普通じゃ有り得ない。


しかも、こんなものが掲げられているのはこの営業所だけ。


この何の感情も持ち合せていない明朝体で刷られた。

[社内恋愛禁止]の機械文字を目に入れる度、心の奥底で“馬鹿らしい”と鼻で笑ってやる。けれど、うまく笑えない。
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