切なさに似て…
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就職が決まり高校を卒業して、部屋を借りた。

保証人になってくれるような大人が私の周りにいなく。

親に頼める環境ではないし、入ったばかりの会社の先輩に頭を下げることしか浮かばなかった。


接することが多く、新人にも親切だった当時26歳の機械課のチーフ。賃貸契約書に判を押し保証人を引き受けてくれた人。

切れ長の目に子供っぽい笑顔。それなのに艶っぽく見えたのは、整髪料で仕立てた漆黒の髪が、白く輝いていたからかなのか。


ほんわかにスカルプの香りを放ち、低い声に伴って白い歯が見え隠れする。


18歳、高校を卒業したばかりの私に、憧れを抱く大人の雰囲気をさりげなく醸し出してくる。


何に惑わされたのか。

その名前にそそられたのか。

漆黒の髪と瞳に絡まれたか。

あの低いしわがれ声なのか。

それともスカルプの香りか。

はたまた、大人の雰囲気か。


何にしても、導かれたかのように誘い込まれたのは、拭い取れない事実だった。


[社内恋愛禁止]と、ふざけた文句を張り出す前は、どこの営業所にも掲げられている有り触れた[整理整頓]の言葉だった。
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