切なさに似て…
初めて、信浩の部屋に泊めさせて貰った日。

電気が消され、闇の中で。


『信浩…、ごめんね。ありがと』

ようやく肝心な言葉が言えた私に。


『礼なんて別にいらねーし。どーせ、部屋の家賃やら光熱費は親父が払ってんだから。それとこの先、ありがともごめんも、言わなくていいから』

信浩は静かそう言った。


『俺達の間で、そんな遠慮じみた言葉なんか、言い合わなくてもよくねーか?』

と、言葉を続け、小さな笑いを漏らす。

“ありがとう”と“ごめんなさい”を禁じたのは信浩だった。

その日から、どちらの口からも噤まれた言葉。


ある晩。

『そっちの布団体痛くねーか?毎日代わる代わる寝ねー?』

交互にベッドとぺらぺらの布団とを2人で代わり番んこし合い寝ようと、最初に言い出したのも信浩だった。

口と態度は悪いし、言動に愛嬌なんてないけど。

さりげないというか、不自然とも呼べる優しさが、信浩らしくて。


私はそんな信浩が、好きだった。


ただの同情で私を部屋に招き入れ、寝床を貸してくれているのはもちろんわかっていた。

それでも、抱いてしまう淡い期待感は否めない。


バイトの時間以外は、全ての行動が一緒で、同じ時間と同じ空間を共存しているわけだから。

あわよくば…。

そう考えても、仕方がない。



年頃の男と女が、暗闇に覆われたひとつ屋根の下で、間違いがあっても不思議じゃない。

流れだろうと、成り行きでもいいとさえ思いながら夜を迎え入れる。


だけど、間違いは一度も起こらなかった。
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