僕は彼女の事を二度愛していた
63
水槽の前は、どこも人だかりでいっぱいだった。
恵達は、だから上の方ばかり見ていた。
しかし、急に水の輝きを感じた。なんだろうと、その光の方向を見た。理由はわからない。ただ、水槽の人だかりの一部が、蜘蛛の子を散らしたようになっている。
「あそこ、どうしたんだろう?」
「あれ、あそこにいるのって、大河内さんじゃない?」
よく見ると、大河内に間違いなかった。何か大きな声で独り言を言ったり、笑ったりしている。
「ほ、ホントだ。」
大河内の事が好きな恵の目から見ても、その行動は奇行に思えた。
「あ、あれって、前に絵里香が言っていた演技の・・・練習なのかな・・・。」
「なのかな・・・。」
絵里香は、大河内の奇行を見るのは初めてだ。それは、かなり衝撃的な光景だった。
大河内の周りには、誰もいなくなった。おかげで水槽は見やすい。しかし、魚すらその奇行ぶりを感じたのか、まるで寄ってこない。ただ、ディスプレイされた珊瑚達が、虚しく揺れているだけだ。
「ねぇ、恵。言っていいかな?」
「何を?」
「こう言うのは、恵にはホントに悪いと思っているんだよ。」
「うん、気にしないで。」
「そう、じゃ、言うね。」
「うん。」
「前にさ、がんばっちゃいなよ。みたいな事言ったけど・・・あれ・・・なしね。いくら、演技のためって言っても、あれじゃ恵、幸せになれないよ。」
「そうだね・・・。私も、今そんな気がしてる・・・。」
二人は、席を後にした。
腰掛けていたシートが暖かさを失っていくように、恵の気持ちも冷めていった。
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