平安物語=短編集=【完】
しかしその時、
「恐れ入りますが…院におかれましては、もう御帰還あそばさないと騒ぎになります。
お仕度をお願いいたします。」
と声がかけられた。
はっと現実に戻ると同時に、恐ろしい現状を思い出した。
藤壺は、瀕死の病…
少し体を離して藤壺を見つめ、
「戻るなんて……………できない。」
と言った。
素直で率直な言葉だった。
御帳台の周りでは、女房が数人、困ったように囁き合っている。
でも、そんなことは関係ない。
夫が妻を看て、なにが悪いのだ…
頑な気持ちになった時、藤壺が
「…あなた様。」
と言った。
呼ばれたことがない…否、夕方の夢で呼ばれた呼称…
余りの切なさに、泣いてしまいそうになる。