平安物語=短編集=【完】



いざ出発なのですが、右大臣様がなかなかお放しになりません。

「宮様は、お父上にお会いなされば、きっとこの爺のことなどお忘れになるでしょうな。」

まるで女が男に言うような言葉を、綿々と恨みがましく仰います。

宮様が参内なさる時はいつもなので、周りの者たちも呆れて笑っているのですが、当の宮様は大真面目でお慰めなさいます。


「どうして、大切にお育てくださっているおじい様をお忘れしましょう。

宮は、お父上よりおじい様の方が大好きです。」


『お父上よりおじい様の方が大好き』

宮様は、これを言えばおじい様のご機嫌が一気に良くなることをご存知でいらっしゃいます。


「宮様、何もお気になさらず、久々の御対面を楽しまれませ。」

隣で、椿の上がおっとりと取りなされます。


「はい、おばあ様。

行ってまいります。」


「行ってらっしゃいませ。」

宮様と同じく五歳になられる太郎君が仰ると、

「帰って来たら遊ぼうね。」

と、にっこりなさいました。


そしてやっと、宮中に向かう御車に乗ることができました。



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