花火
呆然としながら、気付けば部屋のチャイムを何度か押していた。その音は、廊下を伝わり、鉄の扉を通り抜け、微かに聞こえてきた。何度か鳴らした後に、今日は諦めよう、そう思いエレベーターに向かおうとした時だ、隣の部屋の扉が開いたのは。
出てきたのは三十歳前後の女性だった。でかけるつもりだったのだろう、服装も化粧もしっかりしていた。三○五号室の前で呆然と立ち尽くす僕の姿を見ると、怪訝そうな表情で訪ねてきた。
「お隣に何か御用ですか?」
あからさまな警戒心を滲ませていた。
「いや、あの…。この部屋に住む、吉田春香さんとお付き合いをしていた者です」
誤魔化しても余計怪しまれるだけだと思い、素直に答えた。その固有名詞を聞いてピンと来たのか、戸惑いながらも答えてくれた。
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