花火
海沿いの道を歩いていると、汗が額をつたってきた。九月ももうすぐ終わり、本格的な秋を目の前としていたが、遮る物のない日差しが、容赦なく身を焦がした。着ていた上着を左手に持つと、海からの潮風が心地よかった。進行方向の左側には東京湾が広がり、何隻かの船が音もなく浮かんでいた。右側には永遠と田畑が広がっていて、人っ子一人見当たらなかった。海と田畑に挟まれた一本道には、自動車も滅多に通らなかった。この景色を一人で独占している、いや自分以外はこの世から消えてしまったのかもしれない。海上の船は走っているのではなく、ただ船員を無くし、波に揺れているだけかもしれない。春香も貴美も、莉那も母親も、親父もねずみ男も、堀船溜の吉田さんも、みんな消えてしまった。そんな中、自分だけが取り残された。誰もいなくなった地球の、海と田畑に挟まれたこの一本道を、自転車で思い切り走ったら気持ちいいだろうな。辺りを見回し、放置自転車を探すが、もちろんそんな都合よくある訳もなかった。そんなことを思いながら歩いていると、徐々に民家が目に着く様になってきた。そこからはテレビの雑音や、子供たちの喚き声が聞こえてきた。どうやらこの世に、一人取り残された訳ではなかった様だ。少し安心し、少し残念だった。
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