拝啓、ばあちゃん【短編】
意外にもあっさりと切れた電話に安心し、俺は少し足のスピードを緩めた。


それにしても暑い…


額にじんわりと浮かぶ汗を手で拭う。


あの年の夏も、こんな猛暑だったっけ?


暑さまでもは思い出せないが、あの夏の日、早朝の川べりに立ち尽くす俺の姿は、今でも鮮明に浮かび上がってくる。




カランコロン…


待ち合わせの喫茶店に到着し、木目の重たいドアを引くと、安っぽいベルの音が鳴り響いた。


店内を見渡すと、大きく右手を振り上げる女性の姿。


急いでその席へ足を進め、向かいの席に腰をおろす。


「ごめん、遅れて」


「あたしを待たすとか、いい根性してるわ」


煙草の煙をフーッと吹きかけられ、俺は苦笑いをする。


「これがあんたじゃなかったら、あたしは間違いなく帰ってるで」


そう言って笑う母さんは、何ヵ月か前よりも、目元のしわが深くなったような気がした。


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