拝啓、ばあちゃん【短編】
その後、俺と母さんは喫茶店を出て、宗右衛門町にある寿司屋へと向かった。


さっきから一時間ほどが経っただけなのに、ミナミの街には同業者の姿が増えている。


俺の事を知っている奴らの視線が、俺と母さんに向けられる。


うちの母親は40歳だが、小綺麗に手の加えられた見た目からは、30歳前半くらいに見える。


きっと周りからは、ちょっと年増の俺の客に見えているに違いない。


母さんはそんな視線をもろともせず、「ミナミも昔とは変わったな」と、呑気な声を上げていた。




そして、ちょうど寿司屋の前に着いた時だった。


「優心!」


振り返った先には、客のレイカが険しい顔で立っている。


「今から仕事?」


営業スマイルで笑いかける俺をチラリと見て、レイカは「うん」とだけ答えると、隣にいる母さんの頭の先からつまさきまでを、品定めするように見ている。


面倒な気がした俺は、「頑張れよ」とだけ言って、レイカに背中を向けた。


「行こう」


母さんの腕を引き、目の前の寿司屋に足を進めると、背中に突き刺さるような視線を感じた。


レイカは客の中でも5本の指に入るほど、お金を落としてくれる客だ。


ただ独占欲の強いレイカは、自分以外の女に対して敵対心がハンパではない。


絶対後で何か言われるな。


そんな事を思いながら、冷房がきついくらいに効いている店内へと足を進めた。


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