アッパー・ランナーズ〜Eternal Beginning〜
「よっ」

ぼくは見事に左足の軸移動によって衝突を回避した。


が、何もしなかったとなればあのオヤジのことだ、後が(とっても)怖い。

とっさに回避行動で浮いていた右足をそっと、ハードルよろしくハンチング男の踏み出した足先に引っ掛けた。


「あっ!」

男は拍子抜けするくらいやけに甲高い声を上げて前につんのめった。

必死でバランスをとろうとするが後の祭り。走ってきた勢いは、そう簡単に止まったりはしない。

ルークが、転んだら儲けだな程度の考えで差し出した右足(トラップ)は、男にとって予想以上に驚きだったらしい。


しかし悲しいかな、青年の右足は罠と呼ぶには虚仮威(こけおど)しにもならなかった。

男は石畳に片手をつき見事な動きで宙を一回転し、深いハンチングからチラリとぼくに一瞥をくれると、銀髪の男と同じ方向に走り去ってしまった。


「はぁ……はぁ……逃がしたかっ」

いつの間に復活したのか、呆然と二人が走り去った方を見ていたぼくの隣には定食屋のオヤジ(50)が前掛けで血だらけの顔を気にしながら立っていた。

正直、その顔でいきなり現れないで欲しい。知った顔でもビビるから。


流石にあの人たちは何者ですかとは聞かなかった。どうせ知らないだろうし、言ったら言ったで無駄にオヤジの機嫌を損ねるだけだ。


「怖い怖い」

変わりにそう呟いて右手で掴んだ革の膨らみに目を落とした。

ずっしりと重い。


「何か言ったか?」

オヤジがその強面を近づけてくる前に、ぼくはその鼻面に右手の戦利品を見せつけた。ここらで自分の株を上げるのも悪くないだろう。

「何も。それより食い逃げのお代はおいくらデスカ?」


習慣って奴はなかなか抜けないから怖い怖い。
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