アッパー・ランナーズ〜Eternal Beginning〜
「へぼぁっ!」

ぼくがいる人混みから大股で数えて数歩といった所で、拍子抜けする声を上げて定食屋のオヤジ(50)が整然と並んだ石畳に顔面からダイブするのと、例の銀髪グラサン男がするりとぼくの脇を通り過ぎるのがほぼ同時だった。


日頃からお世話になってる気がしないでもない定食屋さんのためにも、ここは体を張って食い逃げ犯を止めるのが粋な男ってものだろうが、残念ながら平均身長より頭一つは小さいぼくが体を張った所で暖簾に腕押し、糠に釘。

間違いなくこっちが怪我するだろう。


それに、そもそもそんな善良さの鏡のような都民がいるならぼくの前に連れてきて欲しい。土下座で謝ってやるから。


結局ルーク・スウェルという善良でもなんでもない一(いち)都民は、凄い勢いで突っ込んでくる食い逃げ犯に対して『道を空ける』という親切さを見せたのだった。


ニヤリと。


銀髪の犯人がサングラス越しにぼくを見て笑った―――のは、思い過ごしだったかもしれないが。


「ルゥゥーク!そいつ捕まえろぉ!」

石畳とキスしていた筈の元劇団員オヤジが、傷だらけの顔(あれじゃどう見ても討ち入り後としか思えない)を上げて地鳴りのような声で叫んだ。

見れば目深のハンチングを被った鉱夫のようなつなぎ男がこちらに向かって突進してくるではないか。


はっきりとぼくは見ていた。

さっきの定食屋のオヤジの見事なくらい派手な転倒は、銀髪グラサン男の後ろに隠れるように走っていたこの男の仕業だ。

何をしたのかまでは見えなかったものの、あのオヤジが一瞬で地べたに這いつくばったんだ、ただ者じゃないだろう。


それを差し引いても、銀髪男程背は高くなくパッと見華奢そうではあるものの、正面衝突で勝てるかと言われれば……否!
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