紺色の海、緋色の空
「ねぇ、聞いていい?」

ふいにシロナが振り返り、バスローブを羽織り直して僕に訊ねた。

「何を?」

「お姉さんのこと」

「早紀の?」

「そう。早紀さんとあなたのこと」

「……」

僕はしばらく押し黙った。

それからビールを一息にあおり、マッチで煙草に火を付けた。

ふと疑問に思った。

彼女……シロナは、いったいどこまで僕達のことを知っているのだろうか?

何もかも知っているようで、そのくせ何も知らないようにも見える。

彼女は完璧に人になりすまし、風呂の入り方も食事の採り方も、セックスのことだって分かっているのに、誰もが知る漱石のことは知らないと言う。

「いいよ」と僕は答えた。

我ながら歯切れの悪い返答だった。

< 109 / 239 >

この作品をシェア

pagetop