Cold Phantom [前編]
本当はまだ聞きたい事は沢山あった。
でも、それを質問する事の無意味さも一緒に悟った。
彼は情報を話せない。
いや、話さないのだろう。
病室を出ていく先生を遠目に見ていた。
そして扉が閉められた。
私は何とも言えない苦しさの中、左手で握った紙切れを静かに広げた。
そこには綺麗な字で「姫納祥子」とだけ書かれていた。
「ひめのう…ひめの、かな?」
私はその珍しい名前を前に四苦八苦したが、後に私の掛かり付けになる看護師から「ひめの」と言う意見があったので、私は一時的にその「姫納祥子」を名乗ることにした。

それから2ヶ月の時間を病室の中で過ごした。
この2ヶ月は正直とてつもなく長く感じた物だった。
いつも同じ顔ぶれの医師や看護師、変わるはずのない病院内、変化に乏しいいつもの風景に私はふと思った事があった。
「誰も見舞いに来ないなんておかしい。って思って…」
私はそう長池先生に聞いてみた。
私がこの病院に来て2ヶ月、記憶が無いにしてもこればかりは妙に感じて仕方なかった。
友人はおろか親と思しき人すら私に面会しに来ない。
変に思っても不思議じゃない。寧ろ思わない方がどうかしている。
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