朱鷺
情熱
池袋の駅に行くと、人だかりがホームにできていた。転落事故があったのだ。幸い落ちた人は軽傷で済んだ。が、落とされたと騒ぎ出したのだ。男女の痴話喧嘩である。落ちた男はカンカンだ。薫はすぐそばに偶然いた。それで、あんた見たでしょう、見た通り言えよ、と男女に責められていたのだ。今は、駅の事務所に入って、何にも見てないあっというまで、わからなかった。ということで男女からは離され、朱鷺を待っていた。
 「大変だったな」
朱鷺は、薫のディバッグを持ってやって一緒に歩き出した。気軽に持ったバッグが思いの外(ほか)重くて、持ち直した。
「・・・うん」
自分にはなんの責任もないのに、巻き込まれてさぞ、文句をまくし立てるかと思ったら、薫は静かだった。
「・・・ショックだったのか、かわいそうに」
朱鷺は薫の肩をとんとん、とたたいた。
「薫が道連れに一緒に落ちなくてよかったよ」
「・・・うん」
「どうしたんだ?気分が悪いのか」
朱鷺は薫の深刻そうな顔を見たことがない。心配になった。
「・・・あのね、朱鷺君」
「うん、どうしたんだ?」
「・・・お腹が空いた」
「え?」

 居酒屋で、おにぎりと焼き鳥と餃子をもりもり食べている薫の前で、朱鷺はビールを飲んでいた。
 薫は、3日ろくに喰ってない。とうとう彼氏に部屋を追い出されたのだ。なぜ追い出されたのか朱鷺は知らない。どーせあいそつかされたんだろう、と思っていた。あいそつかされたことは間違いないのだが、直接的原因がその部屋に、別の男を彼氏のいない間に連れ込んだせいだったとは、朱鷺は知らない。
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