朱鷺
再始動
朱鷺は、救急車に生まれて初めて乗った。
朱鷺の手も血だらけだった。あわてて、薫の手首を押さえたのだ。なま暖かい血の出てくる感触が、言いようのない不快感だった。両手で押さえていた片手をはずし、119番に電話した。血を見て朱鷺は完全にパニックになっていた。
 
 救急隊員に、「どういうご関係ですか?」と聞かれた。「友達です、」としか言えなかった。「何があったんですか?」と聞かれ、苦し紛れに、「女のことでもめました、」と言った。救急隊員は、納得げに首を縦に振っていた。
 幸い傷は浅かった。ほどなく出血も止まり、その日のうちに帰ることができた。帰る前に医者が、「同じような傷が、左手首にいくつかあります、最近のものではないようですが、知っていますか」と聞かれ、「知らない、」と答えた。薫の手首の傷を知らないわけではなかったが、いつの、どんな時のものか朱鷺は知らない。そういえば、どうしたの?と聞いて、ああ自転車で転んでけがしたんだよ、と言っていたな、と思い出した。でもそれが嘘であろうことも、今回わかった。あれらも、自分で切ったのだ・・・たぶん。

 誰ともめたんだ、今回と同じ状況だったのか、と気にはなったが、今は無事帰る方が先決だった。

 部屋に戻り、薫を寝かせ、汚れた床を掃除する。フローリングだったからきれいに拭き取れた。柱や壁に見えないくらい少量の血は残っているのだが、今の朱鷺には見えない。
 ひとしきり掃除を終えて朱鷺は、薫のそばに座った。大きなため息は安堵だった。
 
 「朱鷺君・・・」
 弱々しい薫の声、顔をのぞき込む朱鷺。
「痛むか?」
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