60代の少女
少々捻くれモノな師を宥めて、元博はいちに本日2度目のコーヒーを手渡した。
「悪いな。遊びに来てくれたっていうのに」
「ううん。あの環境じゃ、多分落ち着いて絵も見れなかったと思うし」
いちは渡されたコーヒーを両手で包んだ。
「だからこれからも、ちゃんとこの状態が保たれているか、様子見に来るからね」
「―――・・・だそうですよ、師匠」
「・・・覚悟しとく」
台詞を流した先にある師の背中が、少々頼りなく見えたことがおかしかった。
コーヒーを飲み干したいちが、椅子から立ち上がる。
「それじゃ、また来るね」
「・・・元博」
「・・・判ってます。送っていきますよ」
外はすっかり暗くなっていた。人通りの少ないこの時間の住宅街を、華奢な少女1人で帰らせるわけにはいかないことくらいは、承知している。
< 34 / 113 >

この作品をシェア

pagetop