60代の少女
■友達以上恋人未満

意外

空の青に橙色が混じり始めた頃、元博は師のアトリエに向かった。
「笹本屋」のすぐ裏手にある、古民家風の蔵。
そこが元博の師である笹本四五六のアトリエだった。
「・・・筆が止まってるぞ、元博」
「・・・そういう師匠こそ、キャンバス立てたまま、なにやってんすか」
筆をキャンバスの上に置いたまま、元博が一瞥する先には、医療関係の本を読み漁る四五六がいた。
「医療現場の今」「いい医者の選び方」「病院のいのち」など、画家のアトリエには似つかわしくないタイトルの本が積まれている。
「いい加減、健康を気にする気になったんですか」
「馬鹿言え。言っとくが、葉巻も酒も止めんからな。止めるくらいなら死ぬ」
「・・・それ、奥さんの前で言ったら、確実に殴られますね」
元博は筆をキャンバスから離し、油の中に突っ込んで洗った。筆を置いてみたはいいが、全くネタが降って来なかった。
一方の四五六といえば、少々曲がってきた60代の背をこちらに向けながら、ひたすら本のページに目を走らせている。
「・・・じゃあ、なんでそんな本を読んでんすか?」
「・・・ちょっとな・・・情報収集みたいなもんだ」
四五六はこちらを振り返りもせず、背中で答える。元博は軽く、ため息をついた。いつものことだが、師の変わり者ぶりにはほとほと参る。
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