契約の恋愛
璃雨は少しずつ"あの人"の記憶を忘れていく。

おばあちゃんになったら、"あの人"がどんな顔だったのかさえ忘れているだろう。

そんなのは嫌だった。

絶対に。

《もしもし?》

完全に世界に入り込んでいた璃雨は、耳に押し合てたケータイからの声に我にかえった。

長い夢を見ていたかのような、不思議な感覚にすぐに現実に戻ってこられない。
ここんところはずっとこうだ。

ぼーっとしている時間が増えた。

璃雨は慌てて返事を返す。
「あっ、もしもし。」

声が裏返りそうになった璃雨は、小さく咳払いして心を落ち着かせた。

受話器ごしにクスクスという小さな笑い声が聞こえてくる。

…裏返りかけた璃雨の声に気づいたな。

表情は照れと怒りが交ざったものだろう。

《璃雨?》

受話器ごしの紀琉はまだ笑みを含んでいる。

そんなにおかしかったのだろうか。

「…璃雨です。」
< 137 / 236 >

この作品をシェア

pagetop