契約の恋愛
ドアが開き、男は部屋から出てきた。

私はしゃがんだまま、男を見上げていた。

このまま気付かないで行ってほしいと願うが、そんな願いも届かずに、男はすぐに私の存在に気付いた。

重なる瞳。

見開かれる男の瞳。

真っ直ぐな瞳は、誰よりも綺麗に澄んでいた。

「…璃雨ちゃん…。」

不意に名前を呼ばれ、ビクつく背中。

男は一瞬、目を泳がせてから、私の目線に合わせるようにしゃがんだ。

いつのまにか、私の目には大粒の涙が流れていた。

何が悲しいのかも分からない。

ただ、母のあんな姿を見てしまったことが、堪らなく悔しかった。

男は、哀れむような表情で私の涙を優しくふいた。

「…大丈夫だよ。」

そういって。

そこで、映像は途切れた。
< 164 / 236 >

この作品をシェア

pagetop