契約の恋愛
「…もうそろそろ送りましょうか。」

お互いの手を離し、沈黙が続いていた中突然そう言って、黒澤さんが立ちあがった。

私は壁に掛けられてある時計に目をやる。

時計の針は、もう8時を回っていた。

といっても、私は一人暮らしだからいつ帰っても問題はないのだが。

黒澤さんにも予定というものがあるだろうから、今日は帰ろう。

「…静かですね。」

夜の住宅街を通り抜け、私達二人は人気のない小道を歩いていた。

8時も、もう普通の夜で辺りは真っ暗。

夜は全然大丈夫だけど、一人で帰ると言っても送ると聞かない黒澤さんだったので、渋々送ってもらっている。

隣で歩く長身の黒澤さんは、夜の月に照らされて少し不気味だった。

そんな彼は私の恋人。

……あんまり実感湧かないかも。

そもそも私は彼の事を全然好きじゃないし、恋愛対象にさえ見えない。

彼も同じくだろう。

そんな愛も何もない心で、果たしてちゃんと恋人は成立するのだろうか。

ただ単に、恋人らしく手をつないだり、デートしたりキスしたり…。

でもそこには愛はない。

そこから一体何が生まれるといいのだろう。

果たして"契約"で結ばれた私達の向かう先は、一体どこなのだろう。

「…あの。」
古びた公園を通りすぎた辺りで、ようやく沈黙を破った。

「はい。」

「これ、いつ返したらいいですか?」

これ、というのは今日借りた黒澤さんの妹さんのTシャツとジーパン。

元々着てあった服は、袋を借りて今持ちかえっている。

黒澤さんは少し考えた後、顔を上げた。
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