盲目の天使
・・どうして、怖くなかったのかしら。
確かに、最初渓谷を覗いたときには、恐怖で、体が震えた。
こんなところを、どうやって通っていくのだろうかと。
それなのに、途中から、少しも怖いと思わなかった・・。
『怖いか?』
カルレインの声が、頭からふってきて、背中にぬくもりを感じていた。
そうしたら、まるで、風が凪いでいくように、落ち着いて・・。
・・前にも、こんな風に、安心したことがあった気がする。
リリティスは、思い出せそうで、まったく思い出せない自分に、いらだち始めていた。
消えてしまった記憶の中には、きっと、カルレインとの沢山の思い出があるに違いない。
自分は、なぜ、そんな大事なことを、忘れてしまったのか。
“大事”
それが、とても、大事なことなのだけは、おぼろげに、わかる。
リリティスが、深いため息をついたことに、カルレイン以外の誰も気づかなかった。