Bitter
* * * * *
途中で降りだした雨が正面ガラスに当たっては溶ける。
ワイパーが水をぬぐう度、ちらりと前方の景色が見える。
それ以外は、度の合わない眼鏡をかけたようにぼやけていて、それは今の私の頭の中と似ていた。
その景色の中に黄色い小さなライトが見えたかと思ったら、赤に移った。
『‥ねぇ。』
私の呼び掛けに母親が『ん?』と応じる。
『私、文子さんと会ったことあるの?』
母親はしばらく黙って、ハンドルを握っている。
『‥あるわよ。』
ガラスに浮かぶ赤い点をぼんやり見つめた。
別に、意味のある質問じゃなかった。
あったのかもしれないけど、そんなの後付けでかまわないやとなんとなく聞いた事だった。
だから、『そう。』、としか答えなかった。
水飴が塗られたような窓ガラスに、見たことがあるらしい文子さんの顔を思い描いた。
数秒後、それは規則的に聞こえるウィーンという音とともにかき消された。
でもやめたら、胸がはちきれそうな程高瀬に会いたいということに気付いてしまう。
と、とっくに気付いているくせに私は静かな焦りの中で何人もの文子さんを描き続けた。