キテレポ 08-09
No.6

菊池宗太郎(22)キクチソウタロウ

1992年4月13日。
この日を境に彼の人生は一変した。
かの『クレヨンしんちゃん』が放送開始されたのである。当時小学1年生の彼は、ブラウン管の向こうではしゃぐ、さほど自分と年の変わらない一人のおバカなガキんちょに完全に心を奪われた。その衝撃たるや凄まじいものであった。興奮。感動。憧れ。嫉妬。ありとあらゆる感情が渦巻いた。そしていつしか彼は、完全に(心身ともに)しんちゃんに支配されるようになった。身のこなし、口ぶり、思想、その全てがしんちゃんスタイルとなったのである。
学校でも幾度となくお尻を出した。授業中、先生に何を聞かれても「オラ、知らね」を突き通した。6年もの間…。小学生時代の6年といったら、それはもう果てしのない年月である。それを彼は平然と何の疑問も抱かずに貫き通したのである…。
時は流れ、中学校の入学式当日。事件が起きた。
式後、クラスで一人一人の自己紹介が行われた時の事である。緊張の面持ちで席を立った宗太郎は、次の瞬間、一同を驚愕させた。なんと第一声が「俺は」だったのである。しかも、ごくごく普通の声で。あれだけ頑なにしんちゃんスタイルを固持し続けた男が、イメチェンをはかったのだ。(ここぞとばかりに。)
宗太郎と同じ小学校に通っていた友達は皆、キョロキョロと顔を見合わせ、ざわめきだした。親友の風間君(たまたま)は裏切られたような気持ちがしたという。何せさっきトイレで話した時までは普通に「オラ、オラ、」だったのだから…。
宗太郎は場内のざわめきをかき消さんばかりに「ドン!」と机を叩き、大声でこう言い放った。
「お前らの知ってる宗太郎は死んだーーー!」
かくして、見事しんちゃんとの決別を果たした、菊池宗太郎の第二の人生が幕を開けるのである。
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