嫌いな男 嫌いな女

「なん、で?」


俺を見るな。
今がもう薄暗い時間でよかった。
太陽の下だったら、今の俺の顔が丸見えだっただろう。自分の想いが、全部顔に出ている自信がある。


「なんでもねえよ」

「なんでもよくない」


立ち止まっていた美咲が俺に駆け寄ってきて、俺の腕を掴んだ。
来るな。近くにくるんじゃねえ。


「んだよ、面倒臭えな」

「ねえ、なんで?」

「なにが」

「なにがって……」


なんでそんなに食いついてくるんだよ。
どーでもいいだろそんなこと。なんで聞きたいんだよ。


「俺が答えて、それがお前に関係あんのかよ。俺の言うとおりになんでもするのかお前は」

「そういう、わけじゃないけど……」

「だったら勝手にしろ」


さっさと俺の腕から手を離せよ。
今、俺に触れんな。


「で、でも、ほら……幼なじみっていうか、ケンカ友達みたいな私と、自分の友達が付き合ったら、さ、やっぱり、気になるのかなって」


……なんだそれ。バカだなほんっとに。
俺の腕をつかむ美咲の手を掴んで、ゆっくりと俺から引き離した。

俺は、今ほどお前を、嫌いだと思ったことはねえと思う。
今の俺にとって、どんなけムカつく台詞を吐いたか、なんてこのバカ女は気づいていないんだろう。

俺の気持ちを知るはずもないお前に、そんなのわかるはずもねえか。


「……っい、た」


美咲をつかむ俺の手に力がはいる。
美咲が痛みで顔を歪めたけど、そんなのどうでもいい。


「ああ、嫌だね。嫌いな女が俺の友達と付き合うとか信じらんねえよ」


傷つけたっていい。
傷つけたいとすら思う。

だれよりも、お前を。


「でもお前みたいな女が好きなんだろ? あいつは。だったら俺には関係ねえ」


傷ついてもっと嫌いになればいい。



「お前みたいな女と、隣に住んでる、ていう以外に友達の彼女って言う接点が増えるのは、死ぬほど嫌だけどな」



美咲の顔を見ているのに美咲の顔は見えなかった。

傷ついて、怒って、俺を嫌いになって、毎日俺のことを考えろ。


呆然として、なにも言葉を発さない美咲の手を、乱暴に振り払った。
そして、踵を返してひとり足早に家に向かう。

美咲はなにも言わなかった。背後から文句を言ってくるだろうと思ったけれど、なにもなかった。

泣いているのかもしれない。
怒って震えているかもしれない。俺を睨んでいるかもしれない。


でもどうでもいい。
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