切恋バスタイム(短編集)
 初対面は、俺が出張から帰ってきて、カウンターで“後輩を第一会議室へ”と伝えてくれるように頼もうとしていた時だった。見慣れない子が座っているなと思ったが、俺が居ない間に採用された子か、程度の印象だったのだ。だが、次に彼女が発した一言で、俺は意識せざるを得なくなってしまった。



『青木部長……顔色があまりよろしくないようですが、昨晩はしっかり休まれましたか?』



 ――隠していたつもりだった。体調不良は、出張先の人間にも、今朝チラッと会った妻にも悟られなかったこと。それを、初めて会って少し話しただけの彼女に見抜かれてしまった。俺は、目に見えて動揺していたと思う。



『余計なおせっかいでしたら、すみません。でもこれ、良かったら……』



 こっそり手に持たされた、一口サイズのチョコレート。お腹が空いたらこっそり食べるためにポケットに隠しているのだと、照れ臭そうに言った彼女。その素朴さと温かな笑顔にとても癒されたのを、今でもよく覚えている。

 それからは、受付で彼女の姿を見かけるために、何かと理由を付けて話しかけるようになっていた。時には“同僚の子達と”という名目で、ちょっとした菓子や飲み物を差し入れることもあった。すると彼女は決まって、少しだけ申し訳なさそうにしながら、飴なんかをお返しにくれるのだった。

 ――休憩も終わり、仕事の進み具合を確認。今日は定時に帰れそうだと嬉しくなった。こんな時は、彼女を誘うに限る。女の子達での集まりがないことを、願うばかりなのだが。
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