吸血鬼の花嫁


キスというより、口の中を好き勝手に掻き回されているようだった。

逃れようにも、のしかかっているユゼの体が重く、身動きさえ出来ない。

顔を両手で包み込むように固定されたまま、獣のキスが繰り返された。

柔らかな舌が私の領域を越えて侵食する。私はその舌を拒み切れず、されるがままだった。


「……んっ」


感情もなく、ただ食らいつくされる。

私とユゼは被食者と捕食者だ。


呼吸の合間に見上げるユゼの瞳には正気が戻っていない。

まるで、本能のみで動いている人形のようだった。

本能……。

その言葉が引っ掛かる。

ユゼは、すぐにはなおせないほどの大怪我をしていた。

もしかして、そのせいで生気が足りていないのではないだろうか。

だから、こんな風に私を襲うのだ。

人の生気を求めて。

ユゼの口付けによって、体から急速に力が抜けていく。

その中で、私はそんな結論に辿りついた。



『覚えておくがいい。吸血鬼にとって飢えは何にも勝る。

愛や正義や信頼、この世の全ての綺麗事など欲には勝てぬということをな』


不意に、耳の奥で黒刺の言葉が蘇る。

欲には、勝てない。


玄関先で会ったルーは、何と言っていただろうか。

確か、黒いものがユゼを傷つけた、というようなことを言っていたはずだ。

何かが一本の線で繋がっていく。

もしかして、これは。


私の思考を遮るように、ユゼの手が強引に服の前を開いた。

首から胸にかけての傷が外気に晒され露わになる。

黒刺につけられた傷は、まだ癒えず、じくじくと赤く痛んでいた。

ユゼはその傷を無表情で見下ろしている。

そしておもむろに、傷へと舌を這わせた。


「ひっ……」


冷たさが、傷に触れる。

ユゼの顔に獲物を見つけたような、恍惚そうな表情が微かに浮かんだ。

黒刺とユゼが重なり、体が恐怖を思い出す。

涙が溢れて止まらなかった。


「やだやだやだ、やめてっ」


小さな子供が駄々をこねているかのように私は必死でユゼの肩を叩く。

だが、力のない弱々しい抵抗では、何の意味もなしていないようだった。





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