吸血鬼の花嫁


ルーの告白話に私は黙って耳を傾ける。


「俺は赤赦と違って親無し子だから、人狼になろうが野垂れ死のうが、悲しむ奴なんていねぇけど。名前だって分かんねぇぐらいだしな。

ルーってのは古い言葉で無いって意味だ。吸血鬼がつけた。名は人の枠を越えた領域だと、足枷にもなるから今のとこは持ってねぇ」

「名前を知られると良くないから?」

「そう。元々ないんだから、今更いらねぇ気もするし……」


不自然な間をルーが置く。唇が小さく震えた。



「本当は怖いんだ」



何気なさを装って発せられた言葉が、重く響く。


「俺、六十に見えないだろ。外見じゃなくて、中身が。……分かってるんだ、そんなこと。

人狼化の症状が進行をしないように時を止めてもらって数十年、体が成長しないのに、心が追いつけるはずがない。

だけど、半分は人の六十歳でありたい自分がいるんだ。人並みに暮らしながら、子や孫の成長を見て、そうして死んでいく。

そんな人生に憧れている」


ルーは、私を孫のように見てると言っていた。

その言葉の意味に、私の心が痛み出す。

ルーの抱く叶えられない望み。淡い夢のような。


「今はまだいい。人の六十歳がどんなものか想像できるから。

だけど、百を越え二百を越えた人はどうやって生きればいいんだ?俺の人の部分はどうなってしまうんだ?

いつか俺もハーゼオンのように自分を見失うような気がして、怖いんだ」



「……怖くていけないの?」


問い掛けに俯いていたルーが顔をあげた。


「恐怖を抱かないのなら、きっともうその人は……人じゃないわ」


ルーの暗い眼差しは沈黙したまま、私へ注がれている。


「それにルーは、そのまま百歳になっても千歳になっても大丈夫よ」


短い間で、多少なりルーのことは分かっているつもりだ。

吸血鬼をとても大切に思っていること、面倒見がいいこと、ハーゼオンと喧嘩するほど仲良しなこと。


「ルーは大切なものを大切に出来る人だから。きっと、自分を見失っても戻って来られるわ」


ルーには大切なものを裏切ることなんて、絶対に出来ない。

そんな確信があった。




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