吸血鬼の花嫁


「貴方は、誰」


ずっと、闇が囁くのは私自身の心の声なのだと思っていた。


でも違う。

これは、私じゃない。

はっきりと確信する。

私自身がまったく気付いていなかったことを、指摘出来るわけないのだ。

だとすると、この声は何なのだろう。

人の心へ勝手に入り込み、不安広げるこの声の持ち主は。


と、床に雫が落ちる。

雫だと思ったそれは、一粒の闇だった。

その闇は翼のように広がると、人を形取っていく。

現れた男に私は目を見開いた。


「さて、誰だろうか」


ユゼかと思ったのだ。それほどに似ている。

よく見れば、顔は何一つ似ていなかった。なのに、その存在が似ている。

ユゼが自分と同じだと感じたのは一人しかいなかったという意味を今更ながら知った。

男がいるだけで場の空気が重い。息が詰まりそうだ。

長く黒い髪の男の男は薄く笑いながら私を見ている。

私は服の裾を握りこんだ。掌がいつの間にか汗で湿っている。


「……黒刺」


思い付く言葉はそれしかなかった。

男は答えない。

ただ、面白そうに私を観察している。


「貴方は、黒刺という尊称を持つ吸血鬼でしょ」


どうしてここに、とか何で貴方が、とか聞きたいことがあるのに、唇が震えて動かなかった。


「闇に飲まれる者が多い中、私に気付いたことは褒めてやるべきか、青珀の花嫁」

「褒めてくれなくていいわ」


私は逃げ出そうか迷う。

ちらりと扉へ視線を向けた。私よりも黒刺の方が扉に近い。

逃げ出しても捕まってしまうだろうか。

頭の中で様々な計算をする。最善の答えは遠い。


「どうして…貴方がここにいるの…」

「青珀に会いに来たに決まっているだろう。生憎と留守なようだが」

「…嘘よ」


目の前の人物が、青珀の居場所を知らないはずがなかった。

こんなに力があれば、館にいないことなど、すぐに分かるだろう。

私は会話をしながら、さりげなくベットから床へ足をつける。


「嘘。そう嘘だ。猿よりは賢いようだな、青珀の花嫁」


だが、と続けた黒刺の手が乱雑に私の胸倉を掴んだ。



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