あの頃へのラブレター
十九通目…さなえちゃん
夜ともなると、路上ライブをするストリートミュージシャンの姿を見掛けます。

渋谷、新宿、池袋、横浜……

それぞれの街を通り過ぎる度に、彼らを見て、僕はどうしても君の姿をダブらせてしまいます。

僕らの時代は、丁度フォークソング流行の頃でした。

かぐや姫、グレープ、拓郎、赤い鳥……

君と初めて出逢ったのは、確か16の時でした。

僕の同級生と君は二人組のフォークデュオを組んでましたね。

名前、まだ憶えてます。

『赤えんぴつ』

女の子二人組というのは、当時では珍しかったように思います。

君の高校の文化祭で、僕は初めて君の歌を聴きました。

歌は…ごめんなさい、忘れてしまいました。

正直言うと、歌は殆ど聴いてなかったかも知れません。

同級生が僕の姿を見つけ、そして君を紹介してくれたんです。

はにかみやさんでしたよね。

俯いて、小さな声で話す君は、16という年齢より幼く見えました。

そんな君でしたが、ギターを持ってステージに上がると、まるで別人のようになり、感情豊かに歌っていたんです。

そのギャップに、僕は惹かれ始めました。

けれど、君の事を幼いなどと言える程、僕も大人ではありませんでした。

特に女の子への接し方が。

何度か君と逢いながら、僕はデートに誘う事もせず、当然、自分の気持ちを伝える事もしませんでした。

不器用…そう言うと何だか格好良く聞こえますが、ただ幼かっただけなのと、臆病だったのでしょう。

君が家庭の事情で東京を離れたと知って、僕は少し後悔しました。

ちゃんと自分の気持ちを伝えていれば……

あれから時代は変わり、僕らの息子や娘位の若者達が、路上でギターを掻き鳴らしています。

あの頃の君のように、思いの丈を歌に込めて。

僕の書斎には、あの頃良く聴いたレコードがまだあります。

時々、針を落としてみます。

“大学ノートの裏表紙に さなえちゃんと書いたよ……”

ほんのりと温かいメロディー。

さなえちゃんと……

僕は裏表紙には書かず、この手紙に書いてます。

早苗様へ……と



< 19 / 19 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

さよなら異邦人

総文字数/108,863

青春・友情220ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
現実は、小説やドラマの世界みたいに、それほどドラマチックなものじゃない。 でも、時々神様はびっくりするような時間をプレゼントしてくれる事がある。 それは僕に関しても同様だった。 アニータ…… 見知らぬ国からやって来た彼女と、僕は一つ屋根の下で暮らす事になった。 以来、僕の中でいろんなものが、シャボン玉のように弾けては飛んだ。 悪戯好きの神様がくれた17歳最後の夏。 僕は新しい扉に手を掛けた……         アクタガワ ナオキ 『こういう小説も、私の中から生まれて来るんだ…… そんな不思議な感覚に包まれながら 書いています            稲葉禎和 』 愛水様 素敵なレビューありがとうございまいた!
凶漢−デスペラード

総文字数/158,356

その他169ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
表の世界では生きられない男達がいる。 欲望の赴くままに… 己の力だけでのし上がる… そんな、ありふれた安っぽいハードボイルド小説のような事は、現実の世界では通じない。 誰しもが持っている力への憧れ… 富と権力…そして、暴力… ならず者…凶漢、 デスペラードな男達の物語。 *近々こちらを非公開にさせて頂きます。
自白……供述調書

総文字数/161,575

ミステリー・サスペンス210ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
『罪を償うというのは、決して与えられた罰を受けるという事のみでは無い 本物の贖罪とは、罪を犯した者自身が再び過ちの道を歩まぬ事ではないであろうか』 *誠に申し訳ありませんが、近々こちらの作品を一般文芸賞公募の為、非公開とさせて頂きます。 2009.4.12AM2:57完結 2010年3月にお薦め作品に選ばれました。これも皆様の応援の賜物です。ありがとうございます。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop