ことばのスケッチ
彼が退職した理由は、会社内にいた一人の女性に振られたためなのか、それともアメリカに留学して国際人になると言う決意からなのか、聞く暇が無かった。居酒屋で一杯やりながら、アメリカに留学して、国際舞台で活躍してみたいと、退屈な日本の社会から飛び出したいと言う野心について議論したし、会社内で皆に聞こえるような大きな声で「何時までも私に付き回さないで下さい」と、男のプライドに傷付けられたこともあった。今更、退社したのはどちらの理由だと聞くのも、彼の心の芯に当たるところであり、無礼講の範囲を超えるし、私にとってあまり意味もない。
「何時成田に着いたんだ?」
「今朝着いたばかりだよ」
「マンションはどうした?」
「アメリカ留学の資金を得るために人に貸してある」
「じゃ、帰国しても帰るところが無いんだ!」
「そんなところかな」と、帰国したら私のところに真っ先に電話してきた心遣いをそれとなく伝える。
「ところで、彼女どうしてる?」と、まだ未練がましく、心が断ち切れていない風である。
「弁理士の資格をとってやめたよ」
「彼女はまだ俺に気があるんじゃないかな?」と未練を残す。

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