ことばのスケッチ
「それじゃ、何処か一番安いところで食事でもするか」
「どうせ、今日はおごってもらうんだろ、それなら高級レストランで、一杯やりながらと言うのがいいね」
「お前みたいに、口の痩せた奴は何処でもいい。とにかく俺の後にくっ付いてこい」と、予め予約しておいた懐石料理屋に案内する。
 植松と言うこの懐石料理屋は、この辺りでは一流どころである。門をくぐって植え込みの間に敷かれた石畳を歩く。水が打たれたその石畳は、格子戸に通じている。世間の雑音から隔離されたこの静けさは、世の雑念を払った感がある。
「お待ちしておりました」と、案内してくれたその女性の洗練された着物の着こなしが、この懐石料理屋の品格を高めている。「さあ、どうぞこちらへ」と、十畳の部屋に通される。部屋の中は香の香りがほのかに匂い、客を迎え入れてくれる礼儀が満ちている。部屋の隅にはそれとなく、黒檀で作られた茶箪笥が置いてある。障子をあけると、そこには中庭があり、一層別世界へと導かれる。漆塗りのテーブルを挟んで向かい合わせに、どかりと胡座をかいて座った。
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