雨
藤士
「……私もさ、気になってるんだけど」
玄関で靴を履きながら、千代が言った。
その声に落としていた視線を上げると、鋭い眼がこちらを真っ直ぐに見つめていた。
ぎゅっと眉間に皺を寄せた千代は、靴をはき終わると腕を組み、盛大なため息とともに吐き出した。
「ほんと、いったい何でなの?あの子、もう、どうみても元気じゃないの。ワケアリのようだし、厄介なことに巻き込まれるよりもさっさと追い出したほうがいいんじゃない?」
彼女らしくない、僕を気遣うような言葉に、妙に胸がくすぐったくなった。
正論といえば、正論なのか。
少しだけ、笑いが漏れた。
きっとこれから僕が言うことを、彼女は笑うだろうと思ったからだ。
「…自分でも、よくは分からないんだ。…只、倒れている彼女を見て、僕が助けなければならないと思った」
言って、目の前に立つ彼女を見る。
千代は再び盛大にため息を吐くと、暫し間を持って口を開いた。
…笑っては、くれなかった。
「アンタねえ…犬猫じゃないのよ、アレは人間なのよ?気まぐれで拾っていいもんじゃないのよ?」
まるで小さな子供をさとす母親のような口調に、また口元が緩む。
そうだね、と。
返せばただ、重い沈黙だけが降りた。
アレは、人間だ。
…そんなことは、僕だって分かっている。
だがしかし犬猫であろうと、それは同じではないのか。
思わず眉を寄せて口を開きかけたけれども、そんな呟きは心の奥底へと沈めた。
苦しげに表情をゆがめた千代は、呆れた、というように首を振り、体半分を戸の外に出し、ぽつりと言った。
「……中途半端な同情は、傷つけるだけよ」
そうして。
ばたん、と目の前の戸が閉まった。