雨
「ああ、よかった。先ほどからずっと体が震えていて、寒いのだろうと思って布団をかけたのですが、なかなか収まらなくて」
そう、男-藤士の声を間近で聞き、私はやっと状況を把握した。
その「温かいもの」は――。
視線を動かしてみれば、私の掌をすっぽりと包み込む、大きな掌。
「―っ!触るな!」
振り払うと同時に、思った以上の鋭く大きな声が出る。
藤士は驚いたように目を見開きそのまま固まると、何処か寂しそうに笑い、静かに立ち上がった。
咄嗟に身構える私に、口元にかすかに笑みを浮かべて、朝餉が出来ていますから奥で待っていますと告げると、障子の向こうにするりと消えた。
パタンと障子が閉じられ、しんと静まりかえった部屋の中。
胸の奥が、小さく痛んだ。
何故だろう、私は、からっぽの掌と、彼がいなくなった部屋に、ほんの少しだけ物足りなさを感じた。
だがそんな自分は笑えないほどに気持ちが悪く。
私は首を激しく横に振り、責めるように、思いきり自分の手の甲をつねったのだった。