pp―the piano players―
 わたしの手は、伸びてきた圭太郎君の手を払った。体は、一歩後ずさった。わたしを抑えているわたしは、いつの間にか酒井君の顔をしている。
「寒くない? 中で話そうよ」
 圭太郎君から目を背け、家の中を向く。目の端に、圭太郎君の手はドアノブに向かったのが見えた。

「今、先生が使っているのは?」
 もう一度お湯を沸かし、今度は湯のみと緑茶の茶缶を取り出しておく。
「わからないけど」
 台所から応接間に出るとそこにもう圭太郎君はいなくて、階段を登っていた。
「どれも弾けるはずだよ。先生には加瀬さんがついているんだから」
 三階まで登っていく圭太郎君に声をかける。不明瞭な返事がある。
「圭太郎君のピアノも、先生が時々弾いて、加瀬さんが手を入れているみたいだよ」
 俺のじゃないと言いながらも、圭太郎君は三階の最奥の部屋に入った。五年ぶりに先生の家の中に圭太郎君の音の雨が降るのだろう。

 ところが、圭太郎君は部屋のドアをぴったりと閉めてしまった。そこから音は少しも漏れない。
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