pp―the piano players―
 ドゥメールは「Non」と答えた。「書いてあるように、ヨシとの約束だもの。でもずっと、あなたに見せたかった。今日ヨシの許可を得たわ。他の誰にも見せてこなかったし、話もしていない。圭太郎にもね」

 「何の話?」と思わず声が出たのかと思った。が、その言葉を発したのは、ニーナだった。
「その手紙には、何と書いてあるの?」
 早紀の表情が曇る。白峰美鈴が帰国してしばらく――おそらく、早紀と圭太郎をあの家に住まわせてから送った手紙に書いてあること。二人のことだ。
「酒井君と、ニーナさんに見せていいのか、わたしはわからない。……わたしのことだけじゃないから」
「そうね」
 深く頷いてから、ドゥメールは僕とニーナに目を向けた。灰色の瞳に、暖色の照明が映り込んでいる。

「あなたたちは、圭太郎をどう売り出そうと思っているの?」
「実力と、容姿、それからコンラートの最後の弟子」
 ニーナが滑らかに答えた。容姿という言葉のせいか、早紀の表情が曇る。
「コンラートの最後の弟子ね。悪くないわ。私もデビューには彼の名前の大きさを感じたものよ。でも、私も、ヨシも、コンラートの弟子という冠は載せられる。コンクール上位常連の東洋人ピアニストも今や珍しくないわ。幼い頃からピアノ漬けなのも、私たちは当たり前だし、むしろ圭太郎は足らないくらいよ」
 そう言って、ドゥメールはおもむろに手紙を仕舞う。
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