時計塔の鬼
「夕枝……?」
『じゃあね、シュウ!』
夕枝。
行くなんて、やめてくれ。
伸ばした手は届かないまま、距離だけが開いていく。
追いかけようにも、腰から下が、泥沼にでもはまっているかのように、動かない。
動けない。
『そろそろ行かなあかんみたいやわ』
この声は……。
夕枝のものとは違うその声には、聞き覚えがあった。
『じゃあ』
『……ばいばい』
この声、この話し方、この変なイントネーション。
俺の記憶のなかで、それはあいつしかいない。
……さくら、だ。